2010年10月アーカイブ

先日、論文コピーのリクエストのメールを受け取りました。よくあることですので、いつものようにまずどこの国のどの施設のドクターからかなと末尾を見ますと名前の他にアメリカ・シカゴとだけ記されていました。翻って、本文に眼を移しますと、This is for personal use. My sister has uterine leiomyosarcoma and I am trying to review the possible causes and medications that may help her.中略.Your paper will help me understand the connection between sarcoma and stem cells and drug resistance.要するに、ドクターでも何でもなく一般の方からのリクエストメールだったわけです。近年のように、open accessのjournalが増えてきますと、患者さんはもちろん一般の方々も詳細を読むことができるわけです。当たり前のことですが、論文作成にあたっては以前にもまして倫理的な側面が大切になっているように感じます。

焼肉

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ご無沙汰しております。

 

筆不精なもので、久しく書き込みをせず申し訳ありません。

今日は『焼肉』の話をしようかと思います。

 

『焼肉』を好きな人は多いと思いますが、この『焼肉好き』の内容は、人によって結構バラバラのような気がします。僕の場合は脂が全然ダメです。脂ギタギタで焼いているうちに火が顔の辺りまで昇ってきて、割り箸焦げてます的な焼肉はちょっと。。。ホルモンも脂が残らず、ホタテのようになるホルモンや、脂の少ないヒレ大好きです。「そんな奴は焼肉行かんでよろし」と言われそうですが。。。脂がダメなのは、年?体質?のせいかもしれません。

 

ちょっと前に、僕の横の席に座っているH先生と『旨いもの』の話から『焼肉』の話になり、今まで食べた中で一番旨かったと、H先生が一押しの焼肉屋に、H先生も含めみんなで行くことになりました。

お店は満員で、焼肉で有名な鶴橋の中でも有名みたいでした。僕らも「うまいなあ」と言いながら、焼肉を堪能しました。

が、残念なことに、僕の得意なタイプの焼き肉ではありませんでした。

 

次の日、「どうでした?」と聞かれて、「いや、めっちゃうまかったよ」と答えたものの、表情がすぐ顔にでる僕の返しを、敏感なH先生はすぐ察したのか、それ以上は焼肉話が盛り上がることなく。。。

わざわざ紹介してくれたのにごめんね。『焼肉』って好き嫌いが別れるのでやっぱり難しいね。この場を借りて謝っておきます。

 

でもこの焼肉の会をしたことで、その日たまたま一緒に行くことになったローテーターの一人が、奈良医大の整形外科に入局してくれることになって、行ってよかったと思います。

 

これに懲りずに、H先生また『旨い店』紹介して下さい。

 

大学院 S

 

折しも、明日から国際整形外科基礎学会と並行しCOP10の本会議が名古屋で開催されますが、地球上に存在する資源のうちわれわれ医学にたずさわる者にとって最も身近なものは生物資源かと思います。人類はこの地球上に存在するさまざまな生物資源を用いて自分たちに有益なものを生み出してきました。薬もしかり、ワクチンもしかり・・。近年それらを石炭や石油、はてまたレアアースと同じように様に奪い合う構図が形作られつつあります。生物資源の産出国の多くが発展途上国で、それを開発・利用するのが先進国であり、産出国の多くの貧しい民がその恩恵にあずかれないという問題が根底に横たわっているようです。食物の世界では地産地消の文化がわずかずつ根付きつつありますが、医薬品や人工材料に関しても今後そういった動きが出てくるかもしれません。でも私たちの基本であるヒポクラテスの誓いに立ち返るとそれは医学の本来の目的には沿わないようにも思います。結局は、医学研究はglobalだけれど実践医療はlocalなもので、一部で医療ツーリズムの展開なども論議されていますが、その中庸のglocalな医学をバランスよく実践できるかというのが今後の課題になっていくように感じます。 呑むさん

今年もノーベル週間がやってきました。自分には全く縁のないものですが、日本人の受賞者がでると、この季節に美味しくなる秋刀魚の味も格別なものになります。この2週間余り国内外でいろいろと考えさせられることが続いていますが、湯川博士が日本人として初めてノーベル賞を受賞された年の秋刀魚はどんなにか美味しかったことでしょう。博士はいわずとしれた理論物理学者ですが、小川環樹、貝塚茂樹氏らの兄弟に囲まれ幼少より漢籍にはえらく親しまれたそうです。湯川博士のみならず、私たち日本人は孔孟の教え、老荘の思想を深く学び自らの生きる術の一部としてきたように思います。いったい、国力というのはなにで推し量るべきものなのかは難しいですが、ノーベル賞で云うと、物理学や化学、医学・生理学賞などはオリンピックと同じように国力の象徴と考えその獲得に躍起になっている国家もあるようです。 ですが一番おもしろいのは文学賞のように思います。いつもこんな国にこんな人がいたのかと驚かされ、およそ文学や音楽、美術、そしてその土地ならではの料理などそれを表現した人の生きざまがそのまま表れるものにこそ、その人を生んだ国の力と魅力を感じるからです。現在、パリでは日本の知的障碍者の芸術展(アール・ブリュット・ジャポネ展)が大きな反響を呼んでいるそうです。そんなところにこそ、その国の大きな底力を感じるように思います。いっそ、ノーベル・クッキング賞などでも作ればどうでしょう? 料理は、きわめて主観的なものになりますが、どうせ平和賞なども時々の政治的な判断で選ばれるものですし、多くの味蕾を満足させるための究極のサイエンスといってよいクッキングにもノーベル賞があってもいいように感じます。 ノムさん