2011年1月アーカイブ

一昨年ぐらいだったでしたしょうか、やれ肉食系だの草食系だのとかまびすしかったのは・・。だけど大和男児たる者は、太古の昔から海、湖、川を問わず魚食系と決まっていました。幼児期より魚の生食の習慣のあるわが日本人の腸内細菌叢はそれに適応したもので、欧米人とは異なることを裏付ける論文が昨年のNatureにも出ていたと思います。

さかなの中でも、日本刀と同じくいわゆる'光りもの'と称される青魚、イワシ、アジ、サバ、サンマなどは、日本近海でもたくさん採れてきたため、古くから日本の庶民の食卓を飾ってきました。これらの魚は安くて、栄養価が豊富で健康にもよく、(新鮮ならば)生でも、叩いても、煮ても、焼いても大変美味しい素晴らしい食材です。昨今、世界では魚食の習慣のあまりなかった人々が、急にやれマグロだ、サーモンだと海洋食料資源を喰い荒らしていることは、世界最高の魚色民族としては、とても違和感を覚えます。そういう輩には、たとえば秋刀魚の塩焼きの食べ方、要するに身の部分だけでなく、眼球の周りのコラーゲン、脳髄、肝臓から腸などの贓物まですべてきっちり食べる、最後に残った骨もしっかりあぶれば酒の肴として最高であるということまできっちり教えて、魚食民としての最低限のマナーを習得させる必要があるように思います。 呑むさん

今日は、満月の美しい夜です。冬の空は、凛として空気が澄んだ感じがします。立松和平氏の'道元'の中に(新潮文庫版では第2巻の中ほどだった思います)、'月光は万象を呑む'という言葉が出てきます。これが道元自身の言葉なのか、道元がどこかから引用したものなのか定かではありませんが、月の明かりは、陽の光のように万物を照らし出すというものではないかもしれません。先の言葉からは、むしろその明かりは、たとえば無私の善意をしずかに照らすというような趣きを受けます。

欧米の有名人にとって、慈善事業はそのスーテタスを示す大きな指標ですが、一歩間違えれば売名行為ともとらえられかねません。現シンシナティ・レッズのスコット・ローレン三塁手は、Philadelphia時代、地元の小児病院へのhospital visitに際しては、メディア露出を嫌い、患児とその家族以外はすべてシャットアウトしてその時間を大切にしたそうです。そのようなsincereな人の行いの本質を月の明かりは静かに映し出すように感じます。 呑むさん

近鉄菖蒲池駅を南に下った蛙股池(菅原池)にかかるあやめ新橋からの眺めは、散歩道のなかでも最もお気に入りの場所です。東を見れば、遠く若草山や高円山に包まれて奈良市街、大仏殿の屋根も小さく望むことができます。西を見れば大和文華館、帝塚山学園の建物が夕陽に輝き、橋を渡りきったところにはあやめ池神社の小さな社が菅原道真公と野見宿祢、市杵島姫命を祀っています。もうすぐ神社の梅が咲き、春には池沿いに桜が咲きほこり、とても美しい場所なのです。旅先の素晴らしい景色もいいですが、心が疲れたとき、身近にある風景をゆっくりと愛でるのもいいものです。

新年にあたり、初心に帰って。朝に院に着けばまず患者さんの顔を見に行き、夕に院を辞する際にも患者さんの顔をみて辞す。検査、機械を差し出す前に、まず患者さんの話を聞き、患者さんに触れること、熱を測るのは、体温計ではなく、まず手のひらであるということ、'偉い先生'より'ええお医者さん'であることを国やraceに関係なく教えていただいた先生方の姿勢を大切に、少しでもそれに近づきたいと思います。

'Example is leadership, (Albert Schweitzer)'  ノムさん

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明けましておめでとうございます。

 

2010年を振り返ってみると、本当に沢山の出来事がありましたが、あっという間に過ぎ去ってしまいました。

 

去年一年整形外科にローテーターに来てくれた先生達どうも有難うございました。ほとんどの先生が、その前の年も来てくれてたせいか、妙に馴染んでいて、一緒に働くことがあまり違和感なかったです。

 

四月に入局してくれて一緒に働けるのを待ってます。

 

このホームページも出来てからはやいもので一年が経ちました。

 

今年はこのホームページにどんなことが書き綴られるのかは、まだ今のところは想像できませんが、奈良医大整形外科にとって、楽しい一年でありますように。

 

それでは皆様、今年もよろしくお願い申し上げます。

 

大学院 S