2011年2月アーカイブ

昨今、新聞やいろいろなメディアの中で、経済的側面から医療を成長分野あるいは成長産業というとらえ方をした論調が目立ちます。医療ツーリズムと称した外国人富裕層への医療技術提供の模索もその一つなのでしょうか? ただ、成長という言葉の対象にいささか違和感を覚えます。成長するのは、医療者でもなく、この国の患者さん達でもなく、製薬会社や医療機器メーカーなどが主な対象と思えるからです。行き過ぎた市場原理主義がはびこった先に置き去りにされるものも支えるというのが、社会資本としての医療と教育で、それと食の問題は、国家の根幹ゆえ、誰の何のための成長かということを深くじっくり考察する必要があるように思います。

大学に入学して強く影響を受けた言葉は、数学の山本教授の'活字になったものは、教科書も含めてすべてを信じてはならない'というものでした。しごく当たり前のことなのですが、高校までは教科書を用いて勉強し、それを正しいと思って入学試験も受けてきたので、何だかとても新鮮でした。高校生物の教科書で鳥類の前脚(翼)の指は示指、中指、環指であると記載されてきたものが、先ごろの東北大学の研究で、それらは母指、示指、中指であって鳥類の起源が恐竜であることを示唆し、したがっていずれ教科書の書き換えが必要となるなど、こういった例は歴史学などでもよくあるように思います。医療においてもEBM何とかがかまびすしい昨今ですが、5年前のevidenceが今とはまったく違うものであることを思うと、その言葉がいっそうその通りであるように思えます。そして、それは少なからず存在するマスタベーションのような論文や学会発表にも向けられたものかも知れないと(自省も込め)最近つくづく感じます。これから医師になろうとする我々に、'君らにとって本当の真実は、教科書などではなく目の前の患者さんの中にしかないのだよ'と教えてくださったのかも知れません。 ノムさん

ネット全盛の今、10代から20代の若者の40%は全くラジオを聞いたことがないという調査もあるようですが、皆さんはどのくらいラジオを聴きますか?朝起きるとテーブルのラジオを聴きながら出勤の準備をしていた父の影響からか自分にとってはラジオは必需品の一つです。ラジオにまつわる思い出には枚挙にいとまがありません。一番初めは、小学生のころかじりついて聞いた高校野球中継で、それは今でも夏のキャンプに行った時の彩りとして欠かせないものです。中高生になると深夜放送やFM放送のエア・チェックに夢中になりました。テレビと異なり映像が無いので想像力がいる分、そのシーンの映像が鮮明になるような気がします。貴ノ花が北の湖を寄り切って初優勝した決定戦も入院中に聴いていた'ラジオの映像'が鮮明に残っています。ラジオは、ニュース、エンタテイメントから語学練習にいたるまですべてをカバーしてくれる希少なメディア媒体だと思います。ジョン・レノンの死も日本時間12月9日の朝10時過ぎ、予備校をさぼって聞いていたFM大阪の小山乃里子さんの番組で真っ先に知りました。その直後にon airされた彼の'Starting over'と'Imagine'はその後の浪人生活を支えてくれました。愛するドラマティック・バファローズが初優勝した時の平野外野手のバックホームも、そしてバファローズ最後の優勝の時、息子と抱き合った北川選手のサヨナラ満塁ホームランもみんなラジオが届けてくれました。Philadelphiaに留学していた時も、Temple大学が運営するJazzFMが夜の部屋にいつも静かに流れていました。今では通勤の時、ラジオは定期券の次に大切な必需品となっています。 ノムさん