ノムさん逍遥-54

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今日、西本監督の葬儀が650名の参列者によりしめやかに執り行われたとのことです。あのONのジャイアンツには負け続け、タイガースを放り出された江夏にさえも負かされた監督でしたが、特にバファローズではできの悪い1.5流の選手たち(すみません・・)を率いて2連覇を果たした指導者としてずっと理想の存在でした。監督の根底にあるのは、野球と選手たちへの愛情と野球ができるということへの謙虚な感謝の気持であったように思います。選手たち、そして野球を本当に理解したファンに愛された熱将の人生は決して悲運ではありません。西本監督の弟子で、弱かったフィリーズを強豪チームに仕立て上げた大リーグの名将、赤鬼・マニュエル監督の哀悼の言葉が胸を打ちます。

立松和平氏の'道元禅師'に続いて、五木寛之氏の'親鸞'を読了しました。ほぼ同時代に生き、当時の東京大学とも言うべき比叡山で学びながら、途中でその山を降り(中途退学し)自らの教えを形作った二人にはその生き方にずっと興味を抱いてきました。どちらもあまり幸福でない幼少期を過ごし、山に登り、でもそこで頂点を極めるのではなく、自らの学びの道を切り開いた人生は重なり合う部分も多いように見えますが、その教えはまったく相反するもので、とても面白いです。清廉質実な道元に対して、俗にまみれた親鸞の生きざまはより人間的なように感じますが、人間の本質をえぐるような恐ろしさも感じます。ただ、親鸞が敬愛した師、法然の選択本願念仏集にはやや難しい部分があり、その二者択一の思想は、本来の仏教の思想にはなじまないものがあるように感じられます。多様性を許容するのが、キリスト教やイスラム教との根本的な相違であることが否定されているのであれば、それは仏教の教えからはやや逸脱したものであるのかもしれません。医学を学ぶものとして、この地上における生命体にとって最も大切なものは多様性であるように感じます。呑むさん

 

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