呑むサン愚デン愚デン-72

| コメント(0) | トラックバック(0)

昨日、初めて滋賀県立びわ湖ホールを訪れ、音楽劇を鑑賞した。劇そのものはかの有名な'三文オペラ'で、タイトルこそオペラとはいうものの実際は演劇であり、音楽劇であり、やや肩透かし感を禁じえなかった。ただ、ホールはとても立派で、少し前には事業仕分けの対象になっていたようには思うが、何故このような立派なオペラハウスが滋賀県にあって、わが奈良県にはないのだと思うととてもうらやましく思えた。かの小澤征爾氏のサイトウ・キネン・フェスティバルのofferも蹴ったぐらいだから、古い寺社仏閣の存在に甘えた奈良の文化度の低さが示されているように感じる。

そして、夜遅くに帰宅すると山中教授のノーベル賞受賞のニュースでテレビはあふれかえっていた。いつか間違いなく受賞すると思っていたので、その報を知った時には少しもったいない気がした。論文が発表されてわずか6年、もう少し後に取っておいてもよかったのになと感じたくらい、あっという間の受賞だった。しかしながら世界中の研究者がこぞって競争しているのを目の当たりにすると、山中因子の影響力は無視できない大きさになっていたのも事実で、山中教授が言うように'まだ誰の役にも立っていない'ということさえも、時間の問題というようにも感じる。ただ、先生の言を真に受ければ、その言葉の中には、'じゃまなか''と呼ばれるぐらいに医師として本当に誰の役にも立ってこなかったという思いが強くにじみ出ているようにも感じる。iPSがまだ誰の役にも立っていないのと同じく、医師としての自分もまだ誰の役にも立っていない、iPSが誰かの役にたって初めて医師としての自分も誰かの役に立てる、そう言われているようにも思えて、それほどに先生とiPSは運命共同体であるのだなと、ある意味うらやましく感じる。

一点だけ、たとえ病が癒えたとしても、'患者を救う'という言い方は医師の思い上がりで、患者が助かったのは決して医師の力だけではないということも真実である。むしろそれ以外の因子の方が大きく働く場合の方が多い。そこにはおそらく'役に立つ'というのが最も正しい医師の姿であるということことも、先生は言われているように感じる。 

今回の受賞で最も興味深いのはGurdon博士が共同受賞されたことで、それは50年前の業績とのこと。そう言った研究が、50年の時を経て、こういった形で脚光を浴びると言うことも科学の醍醐味であるように感じた。おそらく何年も前から候補にはなっておられたのかも知れないが、50年越しのノーベル賞なんて夢があってととえもすばらしい。 愚呑坊

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://www.naraseikei.com/mt/mt-tb.cgi/116

コメントする