2012年12月アーカイブ

今日は、パール・ハーバーの日でもあり、John Lennonの命日でもあり、山中先生のノーベル賞受賞講演の日でもあり、力道山の命日でもあり、大きな出来事が数多く過去から現在にわたって起こったまるで特別な日のように感じる。今日も1980年と同じように、FMラジオではたくさんJohnの歌が流れていた。日米開戦の日に、ImagineやHappy Christmasなど、ある意味での反戦歌が毎年のように流れるようになったのは、アメリカ人ではないけれどNew Yorkと日本をこよなく愛したJohnとのなんだか不思議な因縁を感じる、というのは単に思い入れが強すぎるせいか。

思えば彼が生きた歳月の10年も余分に生きてきたけど、彼ほどの仕事は何一つなしえていない。そして、山中先生とは全く同じ歳月を生きてきたけど、これもまた彼ほどの仕事は何一つなしえていない。でも、彼らはウサギであって、ほとんどの人間はカメであろうと思い、自分を慰めている。これからもずっと12月8日はそうやって過ごすことになるんだろう、ウサギとカメの話を思い出しながら。

山中先生の講演は何度も学会で拝聴したが、今日(昨夜)の講演は、生で聴いてみたかった数少ない講演の一つだった。相変わらずの整形外科での挫折の話もあったようだが、大阪弁なまりになったという英語も多くの日本人を勇気づけるように感じる。残念だったのは、不況のあおりを受けて賞金額が減額されたとのこと。本人にとってはどうでもいいことかも知れないけれど、畜生!、別に来年でも再来年でもよかったんや、俺は・・・。 ただ、ノーベル賞は生きていないともらえないので、まあいいか。そうやって考えてみると、受賞に値しながら亡くなってしまったカメたちの方が圧倒的に数としては多いのかもしれない。 愚呑坊

銀行とかで話を聞いていると、経済のグローバル化?は確かに著しいように感じ、それに引き替え医療のグローバル化は少し遅れているようにも感じる。基礎医学はまだしも、臨床医学に関してはそもそも保険制度など社会資本として認識される部分も多く、今回の総選挙でも議論となっているTPPに関しても医療は含まれるのか否か、それに含まれた場合の保険制度はどうなるかといったことが問題となる。そもそも、グローバル化とは何か、今一つ判然としない。グローバルであるためには、社会的背景としてのnational identityが確立されていなければならないと感じるが、教育の行方などを見ているとどうもその方向には進んでいないようにみえる。たとえば英語の早期教育があるが、そんなものはまったく不要であるというのは暴論ではあるが、日本人のnational identityを確立するには、日本語がすべてであると感じる。それがなければ、グローバルではありえない。

その流れでいくと、TPP参加の議論に関して日本の医療についても、そのnational identityが重要になってくるのではないかと思う。それが、何かはわからない。しかしながら、基礎医学と臨床医学の橋渡しのできる医師たちを数多く輩出してきた教育は、そのひとつではないかと感じる。新臨床研修医制度が始まってからは、基礎医学を志す医師は皆無に近い状態になったことは、日本の医学にとってそのnational identity喪失の一要因となるかも知れず、それは日本の医療のグローバル化にとって、マイナス要因になるかもしれない。traslational researchのできる医師をより多く育てることもとても大切ではないかと感じる。 愚呑坊